撮影者:小川光昭
撮影日:1996年4月28日
撮影場所:高暮 指谷山
解説
オオルリ Cyanoptila cyanomelana cyanomelana(TEMMINCK),1828 Japanese Blue Flycatcher
記載 オス:《額、頭上、頭部》は美しいるり色で、後部はコバルト色が強く、《眼先、耳羽、腮、喉、胸》は黒色で、耳羽と胸はコバルト色を帯び、腮と喉はやや紺色を帯びている。《頸、背、肩羽、腰》は美しいるり色で、頸と前背はコバルト色が強い。《上尾筒》は紺青色で、《下尾筒》は白色である。《下雨覆》と《脇》は汚青色。《翼》は黒色で、《初列風切》と《次列風切》にはコバルト青色の外縁があり、《三列風切》の外弁はコバルト青色である。《大雨覆》はコバルト色《中・小雨覆》は紺青色、《小翼羽》は黒色で、外弁はコバルト色を帯びている。《尾》は中央の1対はコバルト青色、ほかの尾羽は黒色で、外弁はコバルト青色を呈し、基部(中央近くの尾羽では全体の1/2ぐらい、外側尾羽では1/3ぐらい)は白色である。《嘴色》黒色、《虹彩》暗褐色、《脚色》暗褐色。《嘴峰》10-12mm、《翌長》オス90-97mm、メス86-92mm、《フ蹠》15-17mm、《尾長》オス61-68mm、メス57-63mm。《体重》20-26g。《翼式》43521。
メス:《額、頭上、頭部》は褐色で、秋季は赤さび色を帯び、春季は灰色を帯びる。《耳羽》は褐色で、軸は褐白色である。《腮》と《喉》の中央は褐色を帯びたクリーム色、両側は灰褐色である。《肩羽、腰、上尾筒》は赤さび色を帯びた褐色。《胸》には灰褐色の不明瞭な横帯がある。《腹、下尾筒》は白色。《脇》は灰褐色。《翼》は暗褐色で、《初列風切》と《次列風切》には赤さび色を帯びた褐色の外縁があり、《小雨覆》と《三列風切》との外弁は赤さび色を帯びた褐色である。《大・中・小雨覆》は赤さび色を帯びた褐色、《大雨覆》の内弁は暗褐色である。《尾》は暗褐色で、外弁は赤さび色を帯びた褐色である。《嘴色》暗褐色、《虹彩》褐色。
幼鳥オス:《頭上、背、喉、腹》はメス成鳥と同様である。《腰、上尾筒、尾》は青色で、《上尾筒》の各羽端には黒色の軸斑がある。秋季に羽換えし、オスは春季に頭上、背などが成鳥と同様になる。
幼鳥メス:成鳥メスに類似している。
生息環境 本邦には夏鳥として渡来し、本州中部の北アルプスの地方では標高500mぐらいから1800mにわたり、主としてブナ、ニレ、サワグルミなどの落葉広葉樹との混交林や山麓の雑木林にも生息する。アカマツ林やカラマツ林にも生息するが、灌木林や草原ではまれである。崖地の森林を好み、黒部峡谷の下廊下や上高地、乗鞍岳山麓などの渓流沿いの落葉広葉樹林には特に多数生息する。富士山麓でもほぼ同標高の落葉広葉樹林や雑木林に多数生息する。夏季栃木県上都賀郡奥日光や栃木県塩谷群塩原などの渓流沿いの落葉広葉樹林には特に多い。夏季本州北部の青森県東津軽郡八甲田山では標高1100mmぐらいの亜高山帯のオオシラビソなどの針葉樹とダケカンバの落葉広葉樹との混交林から標高800m以下のブナ、ホオノキなどの落葉広葉樹の原生林に生息し、特に落葉広葉樹に多い。夏季岩手県上閉伊群釜石湾の大島のタブを主とし、ミズナラ、イタヤカエデ、ホオノキなどの林で本種を観察した。夏季北海道ではいたるところの落葉広葉樹の原生林に多く、大雪山では標高1000m以下のミズナラ、イタヤカエデ、エゾノダケカンバなどの落葉広葉樹およびトドマツ、エゾマツなどの針葉樹との混交林に生息する。夏季標高300mぐらいの雑木林から標高700mぐらいまでのブナの原生林にわたって生息する。
一般習性 オスメスで生活するものが多く、繁殖を終えたころにしばしば幼鳥を連れた家族群をなす。樹上生活が主で地上に降りることはまれである。オスは巣の付近の見通しのよい樹頂や樹梢などに止まって美しい声でさえずり続け、その囀鳴場所はほぼ一定し、繁殖期にはある領域を占有する。翼を羽ばたいて枝から枝へと迅速に飛び移るが、止まっているときには比較的にじっとしている。飛翔中の昆虫を梢から舞い上がって、ついばみ、またもとの梢に舞いもどる習性がある。栃木県塩原では5月初旬ごろが渡りの最盛期で、著者は多数の群れを目撃した。
啼声 4月下旬ごろからさえずり始め8月上旬ごろまでさえずり、ヒタキ科では遅くまでさえずる鳥である。さえずるときには喉の羽をやや立ててさえずる。ピ、ピ、ピ、ピイ、ピイ。ピイ、ツク、ギチ、ギチ、ギチと朗らかな声でさえずり、ときにはクロツグミ、キビタキ、ホオジロなどのさえずりをややまねることもあるが、最後に必ずギチ、ギチ、ギチまたはジジッと軌音をつける特徴がある。さえずるときには樹梢や電線などに止まる。メスもオスと類似した声でさえずることがある。クヮッ、クヮッ、クヮッと小声で地なきし、そのとき体をピョコリと振り動かす。
繁殖 崖地または渓流沿いの落葉広葉樹林などで繁殖し、岩または土の崖地に営巣し、渓流に面した苔蒸した岩壁や土壁にあることが多い。ときには喬木の幹にある浅い樹洞、モミの喬木の枝上や家屋の軒や壁などに巣を作る例もある。巣は地上から4m以下の高さにあることが多い。巣 蘚類を多量に用い、少量の樹根や落葉を混じて椀形の巣をつくり、産座には細い樹根、リゾモルファ、蘚類のソ柄などを敷き、巣の外径8-14cm、内径6-7.5cm、深さ3.5-5cm、高さ5-12cmぐらいである。産卵期は5月から7月ごろまでである。卵 1巣の卵数は3-5個で、4-5個が常である。卵は白色または褐白色で、斑紋を欠くものと、褐白色の地に淡褐色の微少な斑点が鈍端近くに輪になって散在するものがある。卵は卵形、楕円卵形、長卵形、短卵形などで、直径19-22.3mm短径14.5-16.8mm、平均長径20.4mm短径15.7mm、重量1.5-3gである。孵化直後の雛は肉色の裸体のままで、目の上、後頭、上膊、背などの羽域に黒色の長い初毛が豊富に生えている。口中は黄色である。巣立ち直後の幼鳥。著者が塩原で観察した巣にはメス15回、オス3回が抱温や育雛のために飛来した。著者が塩原で発見した2回目の巣では2オス2メスの幼鳥が8月10日に巣立ちをし、8月13日にはその付近の枝上で親鳥が育雛中を観察した。この巣(5雛)での観察ではオスが20回、メスが10回ほど育雛のために飛来した。オスはフィッ、フィッ、とないて飛来し、雛はジュー、ジュー、ジューと鋭い金属的な細い声でないた。次いで翌々日の観察(4雛となり、1雛見えぬ)では1時間にオス4回、メス4回ぐらいの割で飛来し、観察時間の総計ではオス40回、メス40回、計80回育雛に飛来した。餌はヤマザクラのの漿果とハバチの幼虫が種だった。翌日の観察では午前8時から9時までにオスメス各8回ずつ飛来した。そして雛(2オス2メス)が夕刻には巣立ちした。栃木県塩原で観察したオオルリの巣にはメスだけが飛来し朝から午後まで5時間、メスだけが抱卵し続けた。巣内の雛はジュー、ジューと金属的な声でないて餌をねだり、塩原にはオス10回メス3回飛来し、餌はアオムシ、ムカデが主だった。メスもオスに似た声で警戒のなきをする。オスはチャッ、チャッとなき、メスはヒィーヒィーと警戒なきをする。著者が塩原で発見した巣は、25日には3卵となり、26日に4卵となって抱卵を続けて、8月8日には、14日めで雛が孵化した。8月16日の観察ではオスメスで雛を養い、オス1回についてメス10回の割で育雛した。メスが警戒して巣にこないときにはオスがかわって育雛し、オスは危険が迫ると梢でさえずってメスに注意を与え、メスの警戒の声でオスがすぐに飛来した。そして雛は8月18日に11日目で早くも巣立ちをした。
食性 昆虫類が主で鞘翹目、半翹目、膜翹目、鱗翹目、直翹目、革翹目などをついばみ、その他の蛛形類の真正蜘蛛目のクモや多足類の唇脚目のムカデなどを食物とする。植物質もついばみ、薔薇科のノイバラやヤマザクラの漿果、山茱萸科のミズキの核果もついばむ。
渡り 本州以北には夏鳥として春の4月中旬ごろに渡来し、秋は8月下旬から9月下旬ごろに渡去し始めるが、10月下旬ごろまで少数留まるものがある。
分布 北海道、本州、佐渡、四国、九州で繁殖し、旅鳥として焼尻島、伊豆諸島、対馬、隠岐、薩南諸島に渡来する。
国外の分布 朝鮮で繁殖し、小笠原諸島、硫黄列島、鬱陵島、済州島、先島諸島、台湾、中国を経て冬季は海南島、ボルネオ島、フィリピン諸島、ジャワ島、インドシナ、タイなどに渡来する。中国では浙江省、江蘇省、福建省、広西省、広東省、海南島に渡来する。そのほか千島でもとられた。
近似亜種 チョウセンオオルリ C.c.cumatilis Thayer &Bangs,1909 黒竜江流域、ウスリー地方、中国で繁殖し、冬鳥としてインドシナ、スマトラ島に渡来する。朝鮮に旅鳥として渡来する。満州では吉林省、奉天省、安東省、浜江省、熱河省、関東州、通化省に分布し、中国では河北省、湖北省、江蘇省、雲南省南部、福建省などに分布する。
増補改訂版 日本鳥類大図鑑?
昭和53年11月25日 第1版発行
著 者 清棲 幸保
発行者 野間 省一
発行所 株式会社講談社
印刷所 凸版印刷株式会社
製 本 株式会社黒岩大光堂
用 紙 日本パルプ工業株式会社
表 紙 ダイニック株式会社
より抜粋して引用