朝鮮は中国と陸続きなので、昔から仏教や漢字、焼き物など中国の文化の影響を強く受けきました。また、中国から朝鮮半島を通って日本へたくさんの文化も伝わりました。青磁器や鉄器や陶磁器(須恵器)もそうです。
5世紀後半、日本では奈良県の大和地方に大和朝廷が成立しますが、このころ朝鮮から日本に移り住む人たちがいました。大和朝廷は大陸の文化を取り入れるために渡来人と呼んで迎え入れ知識や技術を学びました。聖徳太子の時代には、こうした人達の指導と協力によって、日本で最初の寺院である飛鳥寺や現存する世界最古の木造建築である法隆寺が作られました。1972年奈良県明日香村で一つの古墳が発見されました。高松塚古墳と名付けられたこの古墳は7世紀末から8世紀初めに作られたといわれています。高松塚古墳の壁の絵は、高句麗という朝鮮半島北部にあった国の古墳に描かれた壁画とよくにているといわれています。このようなことからも日本文化のふるさとは朝鮮や中国だということがわかります。
戦国時代には各地の武将が領土の奪い合いを繰り返していましたが、豊臣秀吉によって全国統一が行われました。秀吉はこの勢いに乗じて、朝鮮半島に出兵し侵略を始めました。そのとき、多くの焼き物作りの技術者を日本に連行してきました。有田焼・萩焼・薩摩焼きなどは、そのときに連行された人達によって作られたものです。
江戸時代には鎖国政策がとられたため長崎の出島でオランダ・中国(清)や朝鮮通信使などによる交流がわずかに続きましたが、日本は外国の文化から取り残されてしまいました。