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高暮貯水池
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高暮ダムの堰堤の2〜300メートル手前に、高暮ダム朝鮮人犠牲者追悼碑があります。堰堤のそばにはダム工事を発注した日本発送電株式会社と施工者の奥村組によって建てられた慰霊碑があります。
堰堤から川下を覗くと、はるか下にほとんど水がなくなった川底の石が見えます。堰堤の高さは69.4メートル、長さ195.7メートルです。道を櫃田側に少し下ってみると堰堤の全景を見ることができます。
堰堤を歩いて渡ると、周囲よりひときわ新しく、修復されたコンクリートの部分が目に入ります。ダム建設時のコンクリート製造工場の残骸をおおったものです。ここで作られた生コンクリートを鉄線橋の上をトロッコで運んで、シューターで落として作業をしていました。木立の間を透かしてみると、鉄線橋を支えたワイヤーの支柱が見られます。
もともと、この辺りはこのような深いV字型の峡谷でしたから、水をせき止めるのに都合がよいということで、高暮ダムは造られたのです。高暮ダムに貯められた水は隧道(ずいどう)というトンネルで、4キロ下流の神之瀬発電所に送られ、発電(20.000kw)をしています。そして、神之瀬発電所から放水された水は、もう一度、沓が原ダムに貯められ、隧道で君田発電所(9.000kw)に送られます。さらに、隧道で森原発電所(7.200kw)で発電に利用されて西城川に放水されます。
この高暮ダムの戦前の工事は、朝鮮から来た労働者が中心でした。何故、朝鮮の人たちが日本で労働をしなければならなかったのか、朝鮮と日本の歴史について勉強をしましょう。